秋田の酒は比較的苦手である。あまりいい思いをしたことがない。その秋田の酒へのわだかまりが一瞬で解消してしまったのがこの「田从(たびと)」という酒である。まったく「ビックリしたなー、もー」と言うヤツで筆舌に尽くしようがない。
何しろ、これほどうまい酒も少ないだろう。通奏低音のような旨味・甘味・辛さ、そしてもう一つ辛さがあって、こちらはやや鋭角的だ。同じ原酒でも石川の「菊姫原酒」、いわゆる赤ラベルと言うヤツは、重く強く舌を押し下げてくるような旨味があり、ロックにして飲んで初めてうまいなと感じる。それに比べて、この「田从」にはどこか「“穴”という字が天空をさす」ような……、文字にすると「蒼穹」、そんな爽やかさがある。そのためだろうか? 酒の肴もあまり必要とせず、4合瓶がいつの間にか空になっている。
この「田从」、東成瀬村産のヨネシロという酒米で醸し、3年ほど寝かせて瓶詰めされたものだという。とすると複雑で魅力的な味わいというのは熟成からくるものだろう。
横手市というのは秋田でも山間部の町である。横手というと誰だって雪深い情景“かまくら”や石坂洋次郎のことを思い浮かべる。ところが舞鶴酒造のある町はそれからまた山間部に分け入り山形県との県境に近い。この町を文字で表現すると「横手と湯沢市の間にあるの町」でしかない。きっと『舞鶴酒造』がなければこの町を記憶することもないだろう。そして酒米を作る東成瀬村はそれこそ岩手県との県境の山地にあるのだ。これは秋田の山懐で作られた酒なんだな、と思うとこのどこか清冽な味わいが秋田の原始の姿と重なってくる。
また酒造りに男女の差はあるわけがないと、ボクは常々思ってはいるが、この酒蔵の美しい(写真で見る限り)女性の杜氏さんはまだ若いようにお見受けする。それでこんな酒を造るというのは、言うなれば杜氏としての天賦の才をもっているのではないだろうか。
不思議なことにボクが疲れ果てて、行き詰まりを感じているときに、まるで量ったように“秋田のうまいもの”を送って下さる渡辺賢、淳子夫妻に感謝いたします。
酒のえびな
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舞鶴酒造 秋田県横手市平鹿町浅舞字浅舞184
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