島根県松江に来たら「なにを食べる」。
宍道湖七珍、出雲そば、和菓子、こう答える人たちはあまりに松江を知らなさすぎる。
松江に来たら「おでんを食べないけんの」だ。
市内各所に無数に、膨大にあるのが、おでん屋。
そのどれもが一定のレベルに達しており、個性的でうまいという。
これをして人知れず「松江おでん」と呼ぶようになっている。
じゃあ、旅人におすすめの一軒はどこなんだろう?
根っからの松江っ子であるヤマトシジミさんに問い掛ける。
「あんまり、教えたくないんですけど」
この男、まだどこかに出雲人的な考え方を捨てきれてなない。
出雲人の特徴は「うまいものはこっそり楽しむ」というものだ。
意地悪なんじゃなくて、あまり見せびらかさない、謙虚なのだ。
問いつめて、問いつめてあがったのが松江城、県庁からすぐのところにある『有楽』である。
逢魔が時の寒風のなか、うまいおでんを食うために、太りぎみのボクとヤマトシジミさんが歩く。
そこに自転車にのったトーボさんがゆらゆらとついてくる。
歩くほどもなく、広い道路沿いに仕舞た屋風の店があって、それが『有楽』であった。
そういえば“なぜ松江市内の道路を広くする必要がある”のか理解できない。
城下町の特徴として[曲がりくねった、わかりづらい道]というのがある。
戦国時代まで、城は攻撃から守るものであって、他所から来る敵を混乱させるためにわざと道を複雑に造っている。
これからの世の中、産業的な町と観光・象徴的な町は完全に分けてあるべきだ。
松江市などまさに後者でなければならないのだから、出来る限り道路でも街並みでも現在の状態を変えない方がいい。
むしろ復元に努力すべし。
道路を造るなら東西に長い県を結ぶ幹線を整備せないけんのではないかね、道を造る人よ。
閑話休題。
店内に入ると、まず目に飛び込んできたのが美しい女性だった。
いきなりぼんやり頭が固まった状態にいるとき、
「とにかく席につきましょう」
トーボさんが、現に引き戻すようなことを言う。
考えてみるとトーボさんとボクとは女性の好みが似ている。
きっとトーボさんもぼーっとしかけて「いかんいかん」と自制心を発揮。
ボクにも大きなお節介をしてくれたのではないか?
閑話休題の閑話休題。
目の前にあるのが、カウンターでおでんの鍋を囲ってある。
奥にも席があって、座敷もあるように思える。
そのおでんのつゆが透明で澄んでいる。
手前に燗つけの鍋があって、赤銅でなかなか見事なものだ。
真四角のおでん鍋の前に大量の春菊があって、ときどき美しい女性のお母さんだろうか、女将さんがどさっと放り込む。
おでんつゆでささっと洗うように煮あげた春菊がうまそうではないか?
とりあえずビールと大根、がんもどき、春菊を注文する。
おでんだから、すぐにやってきて、まずは一口と、食べた大根がうまーい。
熱つ熱つに冷えたビールがなんともいえない。
がんもどき、そして春菊がうまい。
「つみれください」
ヤマトシジミさんがもう追加。
「ここのつみれは最高です。ある意味、松江おでんの特徴でしょう」
当然、ボクも負けていられない。
つみれに、燗酒といっきに全開モード。
つみれのうまさは出色のものだ。
燗酒は銘柄を指名して「高正宗」。
「隠岐にしかないはずなのに、珍しいですね」
品書きをみて、ヤマトシジミさんの一言で決めた隠岐の銘酒だ。
これがさっぱり辛口で燗をしてもうまい。
おでんを追加に追加して堪能。
もうこれ以上ない、というときに、
「ここにもうひとつ名物があるんですよ、ほらあれ」
品書きの下がった札に、コロッケがある。
一見平凡なジャガイモコロッケがやってきた。
これがまことに正統な味わいで毎日でも食べに来たいと思うほどにうまい。
ついつい美しいお姉さんに「熱燗もう一本」なんて幸せな気分になってくる。
そして熱燗用に注文した島根の珍味、いかの麹漬け、サバの塩辛がよかった。
浜田市名物の「赤てん」もいい。
さて食べ過ぎるほどに食べて、飲んで、支払いは5000円以下だったはず。
酔っぱらっていてよく覚えていないのだ。
外に出ると寒風が気持ちいい。
こんなとき、トーボさんが
「あのお姉さんきれいだったなー」
なんて正直に告白するのだ。
照れくさそうに、トーボさんは自転車にまたがり闇夜に消えていったのであった。
有楽 島根県松江市殿町352
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