さて、「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読むのだということから始めたい。島根県は出雲、すなわち県東部は松江などがあり、また出雲大社があって武蔵の国の住人にもなじみ深いのだけど、そこから西に進むと途端に茫漠たる空白の地と化してしまう。
その石見の国の中央部日本海に面した温泉町が温泉津なのだ。この町、ただただ名前に惹かれて通り過ぎたことがある。すなわち何もしないでクルマで町を通り過ぎた。そのとき見た懐かしい街並みに「切ないくらいにここでひと晩宿を」と思ったものだ。
さて本題の「開春」。この街並の長閑さとは対照的だったのである、この酒が。ゆったりとした温泉町にこれほど挑発的な酒があるなんて驚きを感じる。普通鄙びた海辺の町では甘ったるい、古くさい日本酒と出合うことが多い。これは漁師という過酷な労働が甘味を欲するせいだろうし、またまだまだ日本酒は燗をしないと飲めないものと思いこんでいる老人達も多いだろう。その古い飲み手に対して「開春」純米超辛口生原酒はまったく意に解しない酒となっている。
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このデータを見ただけで味わいの想像がつくかも知れない。でも想像以上に男酒なのである
とにかくその一口は鋭い鋭角的な辛さでボクの舌を刺激してくる。そして、さささーと喉を過ぎるときにふわりと醸造香。なんと若々しい挑戦的な酒なのだろう。明らかにこれは超辛口の酒である。この辛さの心地よさは一級品である。この酒なら白身魚の上質な刺身にも合うだろうし、また濃厚な肉料理にも負けないかも知れない。また今回のように真夜中に物思いの友に、酒だけをあおってもいける。
いつの間にか720ミリリットルを飲み干して、ふとこれは同じ島根県の「王禄」のたどった道を模索しているのではないか? と思いついた。でもこれだけ鮮烈な辛口の酒ができるのなら「王禄」とはひと味ちがった個性が感じられそうである。
この辛口の酒に、若林酒造の他の品揃えが気になってくる。ホームページを見ると小仕込みの蔵もとであるのがわかる。商品には甘口、辛口の酒が揃っている。しかも値段からしてコストパフォーマンスの高い品揃えと見た。温泉津に宿泊して「開春」というわけには行くまいが、近所の「小山商店」で手に入る範囲でいろいろ飲んでみたいものである。
この酒を送ってくれた島根の方に感謝するとともに、島根の日本酒侮る無かれ、との感を強くした。