酒場遭難記: 2007年5月アーカイブ

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 八王子の市場でよく会ってしまう人が数知れずいて、なかでも気になるのが居酒屋を経営しているやっちゃん(『居酒屋 やっちゃん』)である。その仕入れを見ていると、とても細やかで季節季節に真心を込めています、というのが見えてくる。しかも目新しい魚にもときどき挑戦していて勉強熱心だ。「こんど行くからね」とは言ったものの、なかなかその機会が来ない。そんなとき中央線が人身事故で運行停止となって、京王線でとにかく八王子まで迂回して帰宅することに。となると『居酒屋 やっちゃん』に立ち寄らない手はない。やっちゃんならきっとうまいものを食わしてくれそうだ。

 京王八王子駅からとぼとぼと西に向かって歩く。いつの間にか放射線通りに行き当たり、そのまま16号線が見える手前にくると路地にいっぱい居酒屋が見える。この南町あたりは八王子でも有名な飲み屋街であるらしい。その居酒屋のある路地を左に曲がるとすぐに赤提灯に「やっちゃん」の文字を見つける。
 外からのぞくと、店内がやけに暗い。とても魚貝類を中心にした店とは思えない。そして暖簾をくぐると、そこには縦横が同じサイズの顔、やっちゃんがいたのである。「いらっしゃい」とその真四角な顔が元気がいいし、店を明るく感じさせる。

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 ちょっと無駄話をして、出てきた突き出しが凝っている。天盛りに飛び子、水菜があって、下にイカやホタテ、生しらすがあり、下の方に切り昆布が見える。ここにかかるドレッシングがよく出来ていてうまいのである。

『居酒屋 やっちゃん』は入り口から真っすぐカウンターが続き、その奥に小上がりがあるだけ。カウンターといっても5,6人の席しかなく、小上がりと言ってもテーブルは1つ、2つ。そのカウンターの前が厨房となっていて店全体が狭い。その上、店内が暗いので、なかなかいちげんさんは入れそうにない。

 狭い厨房のやっちゃんの背中越しに「本日のお任せがある」。ここには魚だけで11種類、貝イカタコで10種類も並ぶ。刺身だけに限定しても16種類というのは凄いぞ。

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 ボクは、まずは酎ハイというクチなので、揚げ物が欲しい。そこで見つけたのが「めごちの天ぷら」だ。やっちゃんに仕入れ先を聞くと、魚はどうも福島県産セトヌメリである。
 無駄話をしながらもやっちゃんの手は素早く、それほど待つこともなく、天ぷらが出てくる。その天ぷらが見事なのだ。めごちが5本、小ナスに獅子唐、ニンジンと彩りがよく、たっぷりと豊かな盛りつけだ。

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 これは店の外見からすると、まったく予想外の料理である。めごちがからっと揚がって上品で、塩味だけで食べて味がいい。難しい野菜もうまい。
 酎ハイを飲みきって、熱燗をお願いする。

 なんとなく店内を見回すと女子プロレスのポスターが唐突に貼ってある。「どうして?」と聞くと
「妹(義妹)が中央にいる(仮面の)レスラーなんですよ」
 ここでひとしきり、やっちゃんの美人妻との馴れ初めなどを聞きながら、燗酒を飲む。『居酒屋 やっちゃん』の魅力はやっちゃんの語り口の明るさにあるんだな、というのがわかってくる。

「つぶ貝刺身」を追加する。すると、「身を取り出すことができないんですよ」というので、少し手伝い。貝殻を活かした造りにしてもらう。エゾバイ科エゾボラ属に関しては貝殻を割る必要はまったくないのだが、関東の料理人は未だに取り出し方がわからない、と言う人が多い。これは残念なことだ。それでも出来上がった室蘭産エゾボラモドキの刺身は見事である。

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 盛りつけがキレイだし、つぶのぬめりの取り方もしっかりしている。これだけうまい“つぶ刺し”は関東ではなかなかお目にかかれない。
 ついつい、二合はあるだろうという大どっくりの熱燗を追加して、深酒をしてしまったのだ。

 さて、飲み過ぎて「酒場遭難記」となってしまった。それほどに『居酒屋 やっちゃん』はいい店なのだ。たぶん八王子で「うまい魚を食べるなら」ここがいちばん気安いだろう。かなり遭難寸前なので千鳥足で八王子駅を目差す。

やっちゃん 東京都八王子市南町3-17

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