酒場遭難記: 2009年12月アーカイブ

そのうち、気がついたのだが、上には座敷があるようだ。
長いカウンターが入り口から奥へとのび、左手に細長い厨房、右手にテーブルがある。
焼き物、おでん、刺身、なんと握りずしにバッテラなんかをこの狭苦しい場所で作っている。
カウンター中程に座ったボクの目の前に、大きなダムエレベーターがあるのだけど、いつも何かが上がり下がりしている。
一階二階とも満席状態のようで、カウンターの客も席を立つ人がいると、すぐに埋まる。
後から後からくるお客に話しているのを聞くと、隣も正面にある店も、この安兵衛の支店らしいのだ。
料理を運ぶオバチャンたちもやたらに忙しい。

「ぼうぜの刺身」が初っぱなの生ビールのときにきて、その後がなかなかこない。
これは酒飲みの定法としては困ったものだ。
だからといって、このにぎやかな店の中にいるのが、不愉快ではない。むしろ楽しい。
肝焼きなんだから、焼き鳥だろうと思って、そっちの方を見ていたら、奥の方からオバチャンが皿を持ってきて、ボクの前に置いた。
おお、なんと肝焼きとは、鶏レバーの甘辛炒め煮だったのだ。

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これがびっくりするほどうまい。
徳島(たぶん関西でも)では鶏の肝を甘辛くささっといりつける。
それがそのまま、非常に味よく出てきた。
この一品、逸品であるな。
たぶんこの店の看板ではないだろうか。

ボクの目の前にある「ぼうせの刺身」を見て板前さんが、
「ゆっくりしてくださいね(このへんは関西弁的なアクセント)。ぼうぜ食べたら中骨揚げるけん(ここは徳島弁)」
「はいはい」
いいね、この時間が。
じっくり刺身を味わって、皿ごと、オバチャンに渡す。
ほどなくやってきた唐揚げがうまかった。
刺身はちょっと高めだが、実はマグロなど以外、地魚などは姿作り・刺身で味わって食べ終わったら、中骨を揚げてくれるのだ。

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柔らかとりは焼き鶏で平凡だったが、その後の焼き牡蠣はなかなかうまかった。
池田の銘酒「芳水」の燗酒がなかなかうまい。
支払いは4000円でたっぷりおつりがきた。
生ビールに燗酒を3杯も飲んで、これならうれしいね。

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この店、所謂食堂であったらしい。
いろいろ定食もあるし、握りずし、バッテラなんかもある。
昔、駅を出てバスロータリーを渡ると右手に二階建ての雑居ビル(三階建てかも、それにあれはビルだったのだろうか)があった。
お土産屋、和菓子の富士屋などが入っていたはず。
小山助学館をはさんで、左手にも同じようなビルがあって、そこに確か徳島食堂というのがあった。

カツ丼やオムライス、すしなどなんでもある。
食堂の定義が中華、洋食、和食が揃うことだとすると、まさに典型的な食堂というやつ。
中学生だったボクはそこでカツ丼を初めて食べた。
その隣では燗酒を傾ける大人がいたのだ。
ふと窓の外、歩道、横断歩道に黒いクルマが止まって、そこから女性が出てきたと思ったら、運転席から男性が飛び出してきて、いきなり女性をバシバシっとしばいた(叩いた)のだ。
一緒に食べていた友達となにも見なかった振りをしてもう一度カツ丼に向かった。
初めてのカツ丼、初めて見た男女の生々しい諍い、それが徳島食堂の思い出なのである。
きっとその徳島食堂が居酒屋になったらこんな感じだったろうな、と思いながら店を出る。

安兵衛 徳島県徳島市一番町3丁目22



徳島も寂れたな、子供の頃から唯一徳島市が都会だと思っていた、生粋の貞光っ子のボクには辛い。
そんな思いで市内逢魔が時を歩く。
その昔、にぎやかだった両国、東新町はどうだろう。
懐かしい丸新デパートがなくなり、シャッターばかりが目立つ。
徳島は昔の良さを資源と考えないで、どんどん捨て去って(ディレート)しまった街のようだ。
このあたりまったく文学的な、自由な発想・能力を大きく欠落させているのが、お役人というもので、また土建業の方ともいえる。
アフガニスタンのバーミヤンの石仏を破壊したタリバン以上に、日本の街作りをする人は危険だというのがよくわかる。
しかもタリバンには信念というものがありそうだが、日本の街破壊者には欲望しかない。
立川談志じゃないけど、「いやだねー」。

なんとなく一杯やりたくなって、歩けど歩けど、うまそうな、惹かれる店がない。
昔飲食店街だった両国には、それなりに店はあるのだけど、一人客ではとても入れそうにない、そんな店ばかりだ。
外から見て。その店のコンセプトが皆目わからない。

ほとんど諦めかけて、駅に近づいたとき、にぎやかな、そこだけぱーっと明るい店を見つけた。
これが『安兵衛』なのである。
路地を入って奥にも一軒、正面にも飲み屋さんがある。
なかでも『安兵衛』は外から一人客が楽しそうに酒を飲んでいるのが見える。

誘われるようにすすーっと入って、カウンターに座る。
女性店員さん、ようするに年齢に関わらずお姉さんが多く、生ビールをとりあえず飲みたいのだけど、なかなか手が空かない。
「生ビール」
「大中小、中でいいね」
うんうんてなもので、腹が空いているので、おつまみを選ぶ。
最初は揚げ物、焼き鳥などがいいが、目に飛び込んで来たのが「ぼうぜ」。
「ぼうぜの刺身できますか」
「できますよ」

「あと肝焼き、柔らかいとりください」
生ビールを一気飲み。

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いいね、この一瞬がうれしいね。
ほどなく「ぼーぜの刺身あがりましたよ」、目の前にイボダイの姿作り。
ボクは密かに徳島を特徴付けるのがイボダイ料理だと思っているのだ。

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「ぼうぜの刺身」がうまかった。
独特の旨み、これが濃いのだ。
これは赤身でもなく白身でもない味わいで、一切れ一切れが口に放り込んで心地よい。
最初から大正解の肴に、少々期待がふくらむのだ。

安兵衛 徳島県徳島市一番町3丁目22


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