奈良は懐かしい地である。高校生のときに遡るが級友にカッコという男がいた。我が徳島県立穴吹高校は劣等生の吹きだまりのようなところ。そこで1年生のときに出会った。コヤツと出会ってからそんなことで34年にもなるのだ。去年帰郷した折に友との語らいがあんまり楽しくて宿泊していた宿を閉め出されたときにも世話になった。考えるとこの男には世話になったことの方が多い。
コヤツ入学したばかりの教室に現れていきなり「お前の(「の」というのは問い掛けるとき使う。徳島では柔らかな表現)、ラグビー部にはいらんかだ(「だ」というのは「入ってもらえんだろか」といったニュアンスがある)」とボクに話しかけにきた。上級生だろうなとどぎまぎしたら、なんと同級生ではないか。この男、やたらに老けている。まるで中年のオッサンのような顔、そして体形。
そしてどういうわけだろう、コヤツと仲良くなって高校時代も3年近くが過ぎて、もうあと半年で卒業と言うときに、ボクはとつぜんもだえ苦しむような猛烈な進学欲に駆られてしまったのだ。それで一浪。だいたい高校生の最終学力試験で県下最下位の人間が大学受験する気になったのだから悲惨極まりない(自慢じゃないがそのときまで生まれてから一度も勉強をしてこなかった)。担任、そして高校中の教師から「おかしいだろ」と言われ、禿になり眉毛は抜け、体重が15キロも落ちてしまった。そして1年たってなんだかんだ大学に入ることができて、ほっとして初めてひとり旅に出たのがカッコの下宿先奈良県奈良市佐保なのである。そのとき19歳。
だれが見ても中年にしか見えないカッコはまるで江戸時代にタイムスリップしたような古建築に下宿していた。そこから少し歩くと佐保路、近くに秋篠寺、光明皇后の施薬院で有名な法華寺や、バスで出れば東大寺、興福寺、春日大社、新薬師寺、十輪院など古刹を見て回る日々を送ることが出来た。
実をいうと浪人と言ってももともと勉強なんて大嫌い、受験勉強は半年しか続ける根気がなかった。後の半年は小説と歴史書ばかり読んでいたのだ。当然、和辻哲郎の『古寺巡礼』も亀井勝一郎の『大和古寺風物詩』にも熱中。そんなときに古都奈良に来て息苦しいばかりに古刹巡りをして、帰り着くとカッコ達が酒盛りをしている。その中心にあったのが「やたがらす」である。
この酒がうまいのか? うまくないのか? わからなかったが、「奈良の酒じゃいっちょうまい」という奈良大学の学生たちの弁を受けて、とにかく毎日1升瓶を開ける日々だった。
そして30年振りに「やたがらす」がワンカップとして目の前に現れた。神話の世界の3本足の「やたがらす」の絵もそのままじゃないだろうか? この酒が吉野で造られているというので「吉野か、行ってみるかな」なんて気楽な学生時代が懐かしいな。
味わいは残念がらありきたりなもの。これでワンカップ自体に「やたがらす」が付いていたら太郎も喜んだだろうに。
●千葉の海人 つづきさんから
北岡本店 奈良県吉野郡吉野町上市61
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