酒場遭難記: 2006年8月アーカイブ

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 常磐線南千住駅のガード下。そこに日本一の飲み屋があるといったら大げさではあるが、懐寂しいお父さんには日本一優しい飲み屋があるといったらこれは間違いない。ガード下に煌々と灯りがともり、そこに馬鹿でかい文字で「大坪屋」とある暖簾。その前のスタンドには「元祖25度酎ハイ」というのと「金宮焼酎」のマーク。
 引き戸を開けて真っ正面が開いていたので勝手に座り、荷物を足の下に置いた。
 といきなり、
「だめ、荷物は後ろ」
 ということで後ろに置くと
「だめ、真後ろにおいて」
 もの凄い命令口調で、そのスペイン風の女将がほえる。いきなり一発カウンターを打たれた気分になったが、そのうち、この女将のまことにきめ細かな接客をしていることがわかってきて、この場所の居心地がよくなってきた。
 とりあえず、煮込みをお願いすると
「もうないんだけど」
 と言いながら最後のひとすくいが目の前に来た。そして酎ハイ200円。壁の品書きを見るとほとんど総てが200円台なのだ。この酎ハイ、煮込みがうまいこと。モツ焼き、酎ハイ、そしてまた酎ハイと重ねて、ときはどんどん経っていく。

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 最後の締めになにか食べたいなと壁面の端っこに300円を超える「丸どじょう」というのを見つけてお願いする。これに一級酒(今ではこんない等級はない)280円で最後とする。

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 どれくらいカウンターで座っていたのだろう。お隣さんからも声がかかり、まことに楽しい時間であった。またスペイン風の女将に会いに来よっと。

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 16日は、まだ早い時間に神保町をひけて、ちょいと無駄歩きのつもりで千代田線に下りる。日比谷に出て日比谷シャンテに向かう。向こうに見えるのはJR である。ここで『ピクターズパール』という真珠の缶詰を売る店を探したのだがぜんぜん見つからない。
 鹿児島県のアンテナショップである『鹿児島遊楽館』に入って、「やっぱりここはつまらない」と思ったり、うまそうなラーメン屋、一人でも入れそうな飲み屋などの前を通るとき、ふと立ち止まらざるおえない光景が目に入った。有楽町ガード下、古めかしいレンガ造りのアーチから吹き出してくる白い煙。そして刺激的な香り。なぜだかオヤジ心をくすぐりますな、コレ。と考えてみるとここは14、15年前にはたびたび立ち寄ったところではないか。考えてみるとボクの世代でとことんこんなところで酩酊しようじゃないかというヤカラもいなくなった。なんて考えていると変な豚君がこちらを見ている。それは一度も入ったことがない店である。非常に古い話ながら、この反対側の小さな焼きトン屋ではなんども酒を飲んでいる。でも不思議な物で一度店を決めてしまうと、なかなかよそには入らないものである。それが10年以上の歳月ですっかり思いはリセットされている。

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 この店、『登運とん』がよかった。なにより焼きトンがうまい、焼きトンがうまいのは注文してから焼いてくれること。しかも炭火焼き。当然、すぐには出来上がらないから、その間に酒をグビリとやり、これも人気だというモツ煮込みをつまむ。熱燗にした『富貴』の普通酒がなぜだかうまい。何杯でもいけてしまう。
 そしてなによりも心地よいのは店員さんが親切なこと。またてきぱきと素早い接客。これだけでも『登運とん』はいい店だ。
 それに反して今時目新しい凝った造りの居酒屋がニョッキニョッキ生まれているが、どれもバカバカバカ之助の店員だらけ、しかも酒だってなんだか日本酒にゴタクばっかり並べる『ろくでなし(ぼうずコンニャクはコイツらが大嫌いだ)』が選んだ今時のラインナップだったりするのだ。ぼうずコンニャクはそんな今時の店は大大大嫌いだ〜。

 ややほろ酔い気分となって、もっともっとコップ酒を飲みたくなってきた。これが地獄の入り口である。またつまみが欲しくなって、こんどは「やげん」というのを注文する。これは鶏の首の所の軟骨だそうだ。これもうまいな。

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 入ると待っているのは極楽に違いない。でも、やはりそこは大人、熱燗4と酎ハイ1でさらりと店を後にしたのだからぼうずコンニャクは偉い!
 この『登運とん』、朝11時から開いているという。朝からというのは無理だが3時くらいにお茶代わりに、いっぱいひっかけるのもいいだろう。

 越すに越されぬ大井川で有名な静岡県島田市に「かに柳」という料理屋がある。その昔、島田市に古い街道の面影が残っていたとき、いまだ仕舞た屋風の店であったときから通いに通った店である。この店の料理総てが美味、店主の包丁の冴えにただならぬものがあり、珠玉のような刺身をじっくり味わい、楽しんだものである。今も「かに柳」は健在に違いないが板前さん(店主)、女将さん、まだご壮健だろうか。
 この「かに柳」で秋になると待ちに待った酒が到来する。地元島田市「大村酒造」の「おんな泣かせ」という純米大吟醸である。静岡の酒はおしなべて淡麗辛口である。ときにもの足りないくらいに喉越しがよく、ついつい飲み過ぎてしまう。そんななかで大村酒造の普通酒「若竹鬼ごろし」という酒は当時(今の評価ではない。もう一度評価しなおさなくては)やや野暮ったく重い味わいであった。そのため普段その繊細な料理ゆえに「かに柳」で飲むのは同じ静岡県の「開運」ということになっていたのだ。そして秋から冬にかけてだけ「おんな泣かせ」になる。
「この酒はなかなか手に入らないんだよ」
 と何度も聞かされていて、この旨酒のためにその日いちばんの白身の刺身を注文する。その白身の魚が2月になったばかりの御前崎沖で釣り上がった20センチ上のマダイ。
「こんなタイだからね。刺身でうまいとは思わないダラー。それが……」
 店主はニコリと笑い、それはそれは美しいお造りが出来上がって目の前にある。そして「おんな泣かせ」の4合瓶。この意外な刺身のうまさに、願ってもない「おんな泣かせ」。我が人生でも忘れられないときであった。
 そのマダイは店主自ら釣り上げたもの。釣り師としては物足りぬものであるが、驚くばかりにうまい。「どうしてなんだ」という思いは駿河湾、遠州灘のマダイを味わった方は思い当たるはずだ。どうにも静岡沖のマダイは瀬戸内海、東京湾などと比べると大味だとばかり思っていたら真冬のマダイは天下の美味であるらしい。それがこの小ダイをきっかけに思い知ることとなったのだ。
 懐かしいな。もうかれこれ10年以上島田に行っていないし、またそう簡単に行けそうもない。そして忘れかけたときにまた「おんな泣かせ」と出合うことになる。

 この「おんな泣かせ」を見つけたのは八王子市甲州街道に面する「am pm」においてである。この店、たぶん昔は酒屋であった模様で外見はコンビニ。でも入るとすごいという典型な目立たぬ名店である。久しぶりに見つけた「おんな泣かせ」は4合瓶で1850円。子だくさんの我が家では高級品であるがこのところ慌ただしく疲労困憊している身にせめてものご褒美である。
 魚はホヤの身と広島県倉橋島の「このこ(ナマコの卵巣の塩漬け)」を和えたもの。これで余計に「おんな泣かせ」の辛さが引き立ち、また抑制されていながらフルフルと口中上部に広がる醸造香にしびれてしまう。懐かしいような不思議な気分だが辛さが増して、より「鬼ごろし」となった微妙な変化を感じてしまう。
 また行きたいではないか島田、そして「かに柳」。

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大村酒造
http://www.oomuraya.

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 北千住でいちばん行ってみたかったのが「大はし」、そして二番が「大升」なんである。でも実際に「大升」ののれんをぐるるとこのふたつの「大」は比べるとか、比べないとかではなく、ともに「すごい酒場である」というのを思い知ったのだ。そしてともに「また行きたい度合い」は同じになった。
 旧日光街道からひとつ北千住駅線路に近い通りはまさに飲み屋やキャバクラ、そしてソープランドまである歓楽街ともいえそうなところ。でも建物は木造や古いものが多いので鄙びている。また、ここも歩いていて懐かしい気持ちになるのだ。

 そしていちど線路沿いに出て見つけたのが「大升」なのだ。ここは線路側からも、歓楽街の細道からでも入ることが出来るようだ。入ったら偶然にも席がひとつだけ空いていた。そこに腰掛けると、とりあえず酎ハイボール、そして煮込み。

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 大衆酒場にきたらとにかく煮込みである。酎ハイボールは「大はし」での梅割を炭酸で割ったもの。そこにステンレスの小鍋に入った牛すじ煮込みがやって来た。煮染められた豆腐に軟らかく甘い牛すじ、白ネギの辛みがとてもきいている。これはまさに千住で2番、そして一番は欠となっているうまさだ。

 酎ハイボールをもう一杯、そしてもう一杯、と飲(や)り、何かもう一品頼みたくなる。それでテーブルにあった「おすすめの品」を見ていく。「新鮮なレバ刺し330円、大好評レバニラ玉子いため350円、胃の消化に千枚刺し350円、おひたし250円、ホルモンいため400円、ジャンボ玉子焼き300円」、ホルモンいための400円を除いてどれも300円台なのがうれしい。中から千枚刺しを注文した。

 出てきたのは四角い皿に千枚、キュウリ、みょうが、ニンジンを酸味のあるピリカラのタレで和えたもの。これが絶品だった。何しろホルモンだから少々重苦しい食べ物を想像していた。あにはからんや、これが爽やかで、しかも旨さに溢れたものである。なによりも千枚(牛の第3胃)が新鮮なのか臭みが全くなく、それどころか噛みしめると微かに甘く、ジワリと旨味が染み出してくる。そこにキュウリやみょうがといったさわやかで香り豊かな野菜がからんでくる。これはうまい。うまい上に皿に山をなしてある。ついでに酎ハイボールをお代わりして、あえなく「もうダメ」という状況に陥る。

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 ちょっと足取りがおぼつかなく、それでもお勘定を済ませて、駅に向かう。後は野となれ! なのだ。
 後日、品書きの画像を見直すと、この「大升」には惹かれる肴がきら星のごとくあるのを知る。こんどは「大升」を目差して北千住。そして全部食べてみるのだ。酎ハイは5杯までで我慢するぞ。無理だ!

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